歳を経てから偉業を為した人

  • 2017.02.03 Friday
  • 19:07

 

 

伊能忠敬は、佐原の人と思い込んでいたら

 

生まれ育ちは、九十九里町だという事だ。

 

 

鬼の攪乱とばかり、風邪をひいてしまった。

 

言い訳はなはだしいが、写真があって本当に良かった!

 

読んで下さい m(__)m

 

 

11歳までこの地で育ったという跡地に、像が建てられている。

 

 

 

 

映画にもなり、皆さんの知るところですが

 

佐原に養子に行った、立派な商家も

 

記念館の近くに見学ができるよう

 

解放されています。

 

佐原の旧宅を、写真に撮って来ましたので、ご覧下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐原の町並は古くて、歩くのが楽しいところです。

 

 

古民家のフレンチレストランもある、という事で、

 

今年は是非、そこへ行ってみたいと思っています。

 

 

 

インフルエンザも流行っている由。

 

風邪の苦しさも侮れません。

 

空気が乾燥していますので、今が一番大変な時ですね。

 

皆さんどうぞ、風邪など召しませんよう。

 

元気でお過ごし下さい(*^^*)

 

では、今日は手抜きレポート、大変失礼致しました。

 

は?いつもと同じですか?

 

はい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隠里グルメレポーター!?

  • 2017.01.28 Saturday
  • 00:23

 

 

 

雪が深い地にお住まいの方には、申し訳ない位ですが

 

暖かくて、見事なほどの晴天です。

 

大分日が経ってしまいましたが、この日も気持ちの良いお天気でした。

 

 

 

市原市のほぼ南端に位置する、大福山の展望台からの眺めです。

 

 

292mの大福山の頂上の展望台からは、

 

ぐるりと、360度の開けた景色が見渡せます。

 

 

何度か、この下までは来ているのですが、展望台に上ったのは初めてです。

 

特に、高い山がある訳では無い房総丘陵は、

 

遥か見渡しても、重なる様に連なる低い山々の連続です。

 

 

この下に降りて行くと、紅葉で有名な、梅が瀬渓谷があり

 

11月下旬から、12月初めにかけて、驚くほどの人出があり

 

尾根を歩いた際、すれ違い時には、体を横にし、

 

立ち止まらなければならない様な所が、何か所もあります。

 

12年前、亡き父と歩いた折に、まるで銀座並みの混雑ぶりだね〜と

 

感嘆したことがありました。

 

 

この崖の、はるか下の方にある、旧日高邸には、大きなシンボルツリーがあり

 

12年前、ちょうど紅葉シーズンの真ただ中、色づいた楓の大木が見事でした。

 

 

 

 

明治19年、九州宮崎県出身の日高誠実(のぶざね)は

 

50歳で陸軍省を辞し、229町歩の官有地を無償で借り上げ

 

ここに理想郷を築くことを夢見て、近郷の人々の協力を得て

 

林業、養魚、畜産等に力を尽くしたそうですが

 

急峻な地形ゆえ、大雨の度、植えた木は流され、養魚は失敗し、

 

夢ついえて、生を閉じたのが、80歳だったそうです。

 

 

 

しかし、同時に開いた私学「梅が瀬書堂」には

 

近郷近在から集まった精鋭に、漢学、英数、書道、剣道などを教え

 

その数、延べ千人に上ったそうです。

 

 

 

しかし、下の梅が瀬渓谷側から、大福山へのコースを辿った時

 

渓流を、飛び石伝いに何度も横切り、上の道路へ出る最後の登りは急峻で

 

学ぶためとは言え、大変なご苦労だっただろうと、思いを馳せました。

 

 

理想郷を築く夢は果たせなかったけれど

 

日高氏が故郷に比して、秋に紅い色の木が少ない事を嘆き

 

教え子たちと植えたという、もみじの苗木が

 

100数十年経って、

 

ハイカーが引きも切らず訪れる

 

見事な紅葉の名所になったことを、知る由も無い事に

 

讃えたい気分と切ない気分が、ない交ぜになってしまいます。

 

 

 

50歳からの出発の日高氏。

 

千葉の誇る伊能忠敬も、晩学の士でした。

 

全く違うジャンルに、時代も違いますが

 

九十九里を描いた女流画家、望月貞子画伯も

 

63歳で初めて絵筆を握ったとか。

 

 

 

自分の年齢を考えると、そんな先達が居ることに励まされます。

 

 

 

 

 

 

さて、真面目なお話の後は

 

☆隠里グルメレポーター☆に、変身し

 

ご期待に沿うべく、美味しいものをご紹介致しましょう。

 

 

大福山から、養老渓谷駅方面に車を走らせていると

 

気になる看板が立っていました。

 

こういう看板には、ピ〜〜ンと勘の働く私は、

 

迷わず訪問しました。

 

「酪・ガレリア」

 

 

 

メニューを見ると、ピザもあるようで

 

ちょうどお腹もすいて、入ってみました。

 

 

店内には、美味しそうな焼き菓子がいっぱい。

 

 

色々買って来ましたが、この薔薇のケーキのほかに、

 

チーズケーキが、それは絶品で

 

ガレットも忘れられない味で

 

再び行く時は、大きな保冷バッグを持参で行かなきゃいけません。

 

 

チーズがとっても美味しいピザでした。

 

 

庭を眺めながら、満足な遅めのランチ。

 

謹んで、☆五つ進呈。

 

本当に美味しい焼き菓子でした。

 

 

隠里グルメレポーターの面目躍如でした。

 

では、また〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森ラジオ

  • 2017.01.23 Monday
  • 00:12

 

 

聞きなれない名前、「森ラジオ」

 

ネットで初めてこの名前を目にしたとき、一体何の事だろう?と

 

不思議に思った。

 

 

小湊線、月崎駅に残る保線区の工事をする職員のための宿舎だった

 

この小さな古い建物が、壁全体を草で覆われ、

 

スタジオ、ジブリの物語に出て来るような存在感を示している。

 

 

巣箱もかけられ、今は冬枯れに、ところどころ剥げているが

 

春には建物全体から草が芽吹き、どれだけのものになるのだろう。

 

 

春の芽吹きの頃、

 

初夏の紫陽花の頃

 

濃い緑の真夏、

 

何度でも、この、まるで生き物の様な森ラジオの

 

四季折々の顔を、見に来てみたい。

 

 

小湊線の各駅や、この地域の廃校になった小学校跡

 

それら数か所を拠点に、ICHIHARA ART×MIX2017が開催される。

 

若き芸術家たちが発信する里山が舞台のARTを

 

大勢の人に見に来てもらいたい、と

 

奉仕している、ボランティアの方達などに支えられ、

 

この地の春が華やぐ。

 

 

屋根に南天と、小さな菫の花が咲いていました。

 

娘がきっと、こんな感じ好きだろうなと思い

 

早速、ラインで森ラジオの写真を数枚送りました。

 

 

 

何時ぞやの夏の旅で、八ヶ岳倶楽部に立ち寄った時、

 

白樺林の奥にある、ギャラリーの屋根に草が生えていて、

 

感激した思い出が。

 

 

 

「可愛い、、、素敵!どこ?ここ。。」と案の定、食いついて来ました(笑)

 

 

 

 

 

 

無人駅です。

 

 

立派なログのお手洗いもあります。

 

 

 

GWは、3両くらいで走らせるのかしら、、、

 

 

 

森の中で聞く、密やかな音

 

枯葉の落ちる音

 

小さな森の住民が歩き、また走る音

 

風にさやぐ葉擦れの音

 

時折、森の奥から聞こえる鳥の啼く声

 

 

 

森ラジオは、人と森を繋ぐ発信基地だ。

 

 

 

 

「草傷のひりひりと過ぎし恋のこと

             夏草ふめばむせかへりたり」

 

 

 

日高堯子「樹雨」より二首

 

 

 

「風野にて精霊のこゑきかせくれし

                偽詩人なる彼を忘れず」

 

 

 

では、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和の匂い・ローカル線

  • 2017.01.19 Thursday
  • 20:41

 

 

 

千葉県市原市小湊鉄道線は、大正6年(1917年)に創設された私鉄である。

 

当初は、内房線五井駅と、外房の小湊を結ぶ予定だったのが、

 

途中、資金不足で上総中野駅までとなってしまったが、

 

その18駅間を結ぶ線として

 

沿線の住民の足として、長い事親しまれて来たが

 

年々、乗降客は減り続け、今は無人駅が多い。

 

乗車してから車掌に切符を売ってもらうシステムだ。

 

いずれ、ワンマン運転も視野に入れているようだ。

 

 

里見駅は、中でも少ない、有人駅で

 

一人の駅長さんが居て、丁度上り列車が入って来た所

 

お仕事の一部始終を見せて戴きました。

 

 

 

軽油で走るディーゼル車のボディには、

 

ICHIHARA ART ×MIXの文字が。

 

2017年4月8日〜5月14日までの37日間、

 

この沿線一帯で、ARTイベントが開催される。

 

 

線路脇を歩いてみたら、昔々が、しきりに思い出された。

 

吾が住む街が開発されるまで、古い駅舎は素朴で

 

結構な近代まで(いつ生まれたの?笑)

 

乗って来たディーゼル車を降りて、

 

発車したあとの線路に降りて、向う側の改札口へと歩いて行く。。。

 

そんなレトロな光景が、まだここには残っている。

 

 

駅舎の壁にぶら下げられた箒も、眺めれば眺めるほど、

 

昭和だなあ、、、、と、思う。

 

 

駅舎の中。

 

 

 

聞くところによると、週末や連休は、

 

このローカル線に乗りに来る観光客のため、cafeも開設されるとか。

 

 

見よ! このレトロ感!!

 

この駅だけではない。

 

他にも、首都圏とは思えない、この雰囲気が人気で

 

TVCM、TVドラマの撮影、カラオケの撮影などにも使われているという。

 

ウィキペディアによると、この小湊鉄道線の施設が、全22か所

 

国の登録有形文化財に登録されるよう、2016.11.18に答申されたという。

 

車社会の発達とともに、廃れて行かざるを得なかった

 

愛すべきローカル線。

 

地元の方達のボランティア活動や、

 

撮り鉄さん、乗り鉄さん達に支えられて、

 

小さな古い駅舎や

 

里山の野の光景の中を、

 

たった一両で走る、キハ200型の車両が

 

何だか、生き物のように思えて来てならなかった。

 

 

この後、行きたかった、見たかった月崎駅へ行って

 

長い時間を過ごしました。

 

 

その写真はまた次回。

 

では、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初詣は日本で唯一の観音様へ

  • 2017.01.06 Friday
  • 15:35

 

 

ここは、房総のパワースポットと言っても良いでしょうね。

 

建築様式が、日本でただ一つの「四方懸造り」となっております。

 

 

一方だけとか、三方とかの懸崖造りは他にも沢山おありのようですが。

 

 

建築物の好きな方は必見ですね。

 

 

 

地元では通称「笠森観音」と呼んでいますが

 

正式名称は「大悲山 楠光院 笠森寺」と言いまして

 

坂東三十三観音霊場のひとつ

 

第三十一番札所となっております。

 

 

順序が逆になりましたが、駐車場から階段を登って行くと

 

銘木が二つあります。

 

一つは、銘木「三本杉」

 

 

 

根元が繋がっている三本の杉です。

 

かなりの大木で、

 

この地に長い間、災害が無かったことの証拠でしょうか。

 

もう一つは、「子授楠」です。

 

 

 

梯子を上って、穴を潜ると

 

子供を授かるという、言い伝えのある樹です。

 

 

若い頃、みんなで潜りました (*^^)v

 

細かったから、楽勝でした(エヘン、、、)

 

今、ですか?

 

潜っても意味が無いのと、怪我でもしたら笑われるだけですので

 

やめておきましょう。

 

 

 

 

 

二日は、娘たち一家と恒例の新年会に

 

同級生の営む、お寿司屋さんへ行き、

 

そのあと、こちらへ初詣でした。

 

初詣に行ってから、もう何日も過ぎたのに、

 

エンジンがかかりません。

 

新年早々、ガス欠?

 

 

 

そうそう、同級生のお母さん、御年83歳ですが

 

現役で、お店の手伝いをバリバリしていらっしゃいます。

 

白髪も一本も無く、お肌も綺麗。

 

我が娘が、その若々しさに驚いて、

 

何か心がけていらっしゃることは?

 

と、お聞きしたら、毎朝牛乳に、黄粉と黒胡麻のペーストと、

 

アーモンドの砕いたものと、コラーゲンを混ぜて飲んでいるとの事です。

 

更に耳が痛いのは、2キロのダンベル体操をしていると。

 

新年早々、反省です (@_@)

 

私が持っているダンベルは、1キロです。

 

しかも、どこへ仕舞い込んでしまったやら!!

 

 

 

 

話を笠森さんに戻します。

 

脱線が多くて済みません。

 

 

 

 

開基は、784年、最澄上人様が、ここに楠を植えたことによるものだとか。

 

1028年、後一条天皇が観音堂を建立。

 

1628年、松尾芭蕉が訪れ、句を奉納する。

 

 

1800年代には、十返舎一九の「金草鞋」にこちらの事が掲載されて。

 

長い歴史の中で、名のある方が訪れていたのですね。

 

 

 

1908年(明治41年)観音堂が国宝に指定される。

 

1950年(昭和25年)文化財保護法の制定により、国指定重要文化財となる。

 

1958年(昭和33年)観音堂が全部解体され、復元修理される。

 

現在の建物は、この時のものなんですね。

 

 

 

1970年(昭和45年)観音山が、笠森自然林として

 

国の天然記念物に指定され、保護されている。

 

周辺の山々は「県立笠森鶴舞自然公園」となっている。

 

 

二度ほど、上ったことがありますが、勾配がきついので

 

降りるときの怖さったら、くらっと来ます。

 

鐘もついて来ましたよ。

 

 

 

並ぶのは嫌いですが、

 

善男善女の群れに紛れ込み

 

澄んだ音色を響かせてきました。

 

 

 

力一杯つくと、音が濁るのですね。

 

力を抜いて、スコーンと、上手く衝けました。

 

周囲の山に「ゴ〜〜〜〜ン・・・・・」と、響き渡り

 

新春から縁起が良さそうです。

 

 

 

ホームページを見たら、空から見た笠森観音の全景が

 

youtubeに、アップされていました。

 

http://youtu.be/Zn_fUFwxehg

 

 

春の桜の季節は、自然林に煙るように咲く「山桜」が

 

さぞ綺麗なことでしょう。

 

そうそう、お参りの際は、雨の日は閉山の事が多いようです。

 

坂がきついので、お参りの方が、滑るといけないとの事でした。

 

 

 

身体の中から浄化されるような、澄んだ鐘の音を聞きながら、

 

お願いもしっかりして来ました。

 

皆様にも、良い一年が訪れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の海

  • 2016.12.29 Thursday
  • 10:19

 

 

止まらない時は、ついに年末に辿り着きました。

 

当たり前ですね。

 

時間の経つのは本当に早いと、毎年感じていますが

 

例外はなく、今年も一年が過ぎゆくのが、本当に早かったです。

 

 

 

年内にお焼香をしたい所もあり、買い物もあり

 

昨日は海辺へと、わざわざ車を走らせました。

 

冬の房総の海には、いつもサーファーが絶えず、

 

暖かいのですが、昨日は風が強く、冷たく冷える手を

 

ポケットで時折、温めながら写していました(笑)

 

デジブックに纏めました。

 

 

年末のお忙しい時に珈琲タイムにでも

 

ちょこっと覗いて下さると嬉しいです。

 

 

 

 

サーファーのお母さんが波に乗るのを

 

浜辺に立ち、じっと見つめる「ひたすら」待つ少女の後姿に

 

少しばかり抒情しました。

 

この寒々しい冬の海の写真を纏める内に

 

思い返せば、暑い日も、寒い日も

 

ひたすら歩き、時には走り続けた人生だったなあ、と

 

思いがけず感慨が湧いてきました。

 

時は止まらず動き続けているものだから

 

時には立ち止まっても

 

来年もこの時間に沿って、私もゆっくり歩いて行き続けるでしょう。

 

今年一年ありがとうございました。

 

また来年も宜しくお願い致します。

 

良いお年をお迎えください。

 

http://www.digibook.net/d/2c14cbbfb0ce1cb17a707fa422bf8ce0/?viewerMode=fullWindow

 

発酵を求めて、道の駅「こうざき」へ〜

  • 2016.12.19 Monday
  • 11:08

 

 

 

左手に利根川を見ながら、広々とした北総台地を真っ直ぐに北へ。

 

晴天は兎に角「気持ち良い♪」の、一言ですね〜

 

 

以前から、発酵食品を多く扱っているという

 

道の駅「発酵の里こうざき」へ行ってみたいと思っていましたが

 

何しろ遠いので、なかなか腰が上がりませんでした。

 

暮れとはいえ、リタイヤしてからは、そうは忙しない思いに

 

追われることも無くなり、血圧は安定しています。

 

やはり、ストレスが心身共に一番堪えますね。

 

 

 

お味噌、麴などなど、、、チーズは少ないな、という印象でした。

 

チーズは、むしろ牧場のある南房総の方面に、豊富にあるでしょうね。

 

 

初めてでしたので、少ししか買いませんでしたが、

 

お味噌の美味しいものに出会えてラッキーでした。

 

野菜も、とっても安かったですよ。

 

 

カフェレストランで、麹をふんだんに使ったレディースセットを戴きました。

 

 

塩麹漬けのチキンのグリル

 

醤油麹漬けのポークソテー

 

ワカサギのマリネ

 

味噌漬けの鮭

 

お豆腐コロッケ?だったかな。。。

 

クリーミーなヨーグルト

 

お豆腐の、もろみ載せ

 

 

 

とっても美味しかったです。

 

確か¥1200-でした。

 

他のメニューも全て、発酵食品を使っているもので

 

レストランンも、明るく清潔感にあふれ、

 

これは遠いけれど、きっと、また来る予感がします。

 

今度はクーラーBOX持参で、気合を入れて来なくては。

 

何度も言うようですが、野菜もお花も安かったです。

 

 

カフェコーナーも、ゆったりしたレイアウトでしたので、

 

珈琲をゆっくり味わえそうです。

 

 

ガラスに、しっかり姿が写ってます(#^.^#)

 

 

ヘルシーな「とうふ豚まん」を

 

買い忘れるという、大失態でした(大袈裟)

 

 

 

 

今日はこれから、鶏むね肉の醤油麹漬けと

 

茹で卵の醤油麹漬けを、大量に作る予定です。

 

 

 

千葉県も広いなあと、ここまで行くと感じます。

 

ちょっと足を延ばすと、景色が、まるで違います。

 

利根川越しに、遠く筑波山が見えていました。

 

 

赤い神崎(こうざき)大橋が、広い景色に、

 

ほどよいアクセントになっていました。

 

 

 

では、また〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文学の森〜房総ゆかりの文人たち&B級グルメ

  • 2016.12.12 Monday
  • 19:07

 

 

千葉東金道路、野呂パーキングエリアの一画に

 

「文学の森」と称する碑が立っている、というので

 

そちら方面に所要のあった娘と、先日暖かい日に

 

午後からフラリ、立ち寄ってみました。

 

登り方面へ車で行く際、この区間は

 

もう走らなくなってから大分経つので、久し振りでした。

 

 

 

小さなパーキングですが、結構立ち寄る車が多いのは、

 

ここを過ぎると登り方面は、混んで来るので、

 

早めにここで休憩を取るのでしょう。

 

 

300坪ほどの広さでしょうか、回遊式に、房総へ訪れた文人の碑が

 

建っています。

 

 

若山牧水、伊藤佐千夫、斉藤信夫、芥川龍之介

 

山本有三、竹久夢二、与謝野晶子、林芙美子

 

小説の文中に、房総の地名が織り込まれ、

 

海辺で短歌を詠み

 

故郷で童謡の作詞をし、愛唱歌の歌詞として

 

様々なシーンを、文学者たちが詠みこんでいます。

 

 

 

<林芙美子・放浪記>

 

 

 

 

<与謝野晶子〜興津・竹久夢二〜銚子>写真は合成しました。

 

銚子には文人の碑が多く、

 

一の時、文芸部の顧問と先輩や仲間と、文学散歩と称して

 

ひと日、銚子の海岸を歩いたことなどが蘇ります。

 

磯を歩きながら、砕け散る白波を眺めつつ

 

顧問の先生の話を一言も漏らさず、熱心に耳を傾ける、

 

愁いも世の中の苦労も、まだ知らない少女でした。

 

あれから幾星霜、ロウバは一日にしてならず。

 

 

 

 

 

<月の砂漠の作詞者、加藤まさを>

 

<千葉県成東出身の伊藤佐千夫>

 

 

 

 

 

<真実一路の山本有三>

 

 

 

 

<里の秋の作詞者、斉藤信夫>

 

詠われている歌詞の里山の光景が、親しく目に浮かぶようです。

 

ああ、千葉の景色ってこんな風だなあと。

 

 

 

 

最後に芥川龍之介です。

 

 

奥さんに宛てた、プロポーズの手紙です。

 

ここは簡略化されていますが、一宮の逗留先であった一宮館には

 

全文が掲載された碑があります。

 

以前、書いたブログに全文掲載させて戴いたものがありますので

 

宜しかったらご覧ください。

 

芥川の書いた文章の中で、若しかして一番好きかもしれません。

 

「房総で書かれた、芥川龍之介のラブレター」2011年12月31日

 

http://bousoukara.bousoukara.boo.jp/trackback/275

 

もしうまく出なかったら、画面向かって左側、

 

<search this site.>に、上のブログの題名を入れてみて下さい。

 

お手数ですがm(__)m

 

 

 

 

 

少し、品格をアップしたところで、B級グルメとして名を馳せた

 

「勝浦タンタンメン」を食べて来ました。

 

 

 

辛い!

 

当たり前ですが、辛い。。。

 

スープにコクがなく、ちょっと残念!

 

今度、本場勝浦で一度食べてみましょう。

 

 

 

クジラのメンチカツが売っていましたので、買ってみました

 

ピーナッツ最中に、牛串、色々買い込んでしまいました(*^▽^*)

 

 

はい、お土産!と差し出すと、

 

マイキーは「クジラ!?鑑賞するものでしょう。」と

 

食べない気満々です。

 

「バァバの小学生の時、給食で出たんだよ〜、

ケチャップ味のから揚げだった。」

 

 

 

マイキーは叫びます。

 

ヒューロロロロ〜〜( ゚Д゚) と。

 

最近、驚いた時は、ヨーデル風に叫ぶようになりました。

 

大丈夫でしょうか。

 

勉強しなさ過ぎでも、変調を来すものでしょうか。

 

時間をかけて、ろうばになれた私は、とても心配です。

 

 

しょうがないですね。

 

今は、滅多にクジラ肉は見かけないですものね。

 

 

時代は確実に変わったのです。

 

 

 

では、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亀山湖紅葉クルーズ・デジブックにしてみました

  • 2016.11.25 Friday
  • 10:39

 

 

先日、22日の暖かい日に、亀山湖紅葉クルーズに行って来ましたが

 

少し早かったようです。

 

房総の紅葉は、本州最後の紅葉と言われますから

 

やはり、12月初旬に入った頃か、

 

11月最後の3日間くらいが、ピークでしょうか。

 

まだ鮮やかな紅葉に出会えず、

 

写真にすると、パッとしない出来でしたので、

 

蔵出しですが、

 

一昨年、12月1日の小雨の上がったばかり、

 

霧の立ち上る山の

 

目の覚めるような紅葉を、

 

デジブックに纏めてみました。

 

 

 

BGMは「手紙」

 

親しい人に、どうしてる?元気?

 

そんな気持ちで作ってみました。

 

http://www.digibook.net/d/04d48137800a34b46a59edb0eeb58db4/?viewerMode=fullWindow

 

 

青いポスト〜海の町・美味しい魚を食べに

  • 2016.10.21 Friday
  • 04:04

 

 

先日、このブログでも書いたことがある、アマリリスのお母さんが亡くなり

 

お線香を上げに、お参りしてきました。

 

産婆さんとして、一生を捧げて来た

 

元祖、働く女性のお手本でした、、、ので

 

機会が有ったら、またアマリリスのお母さんの事を

 

書いてみたいと思っています。

 

 

 

午後からは、朝獲れの新鮮な魚を食べたくて、

 

海の方へと走ってみました。

 

今年は台風の当たり年で、引っ切り無しに、また台風かと、

 

飽きるほどのラッシュでしたね〜

 

 

海の家も、売り上げが大変だったろうな〜と同情しましたが。

 

 

片貝漁港の、海の駅へと行ってみました。

 

「日本唯一!青いポストのある町」とあります。

 

入っているSNSのギャラリーに、先日、この写真を出してみました。

 

〜〜青いポストが「ぽすっと」立って〜〜なんて

 

下らない駄洒落も、どうかお許しを、、、、

 

吾ら、昭和の古い人間には、この形は懐かしいものですね。

 

ポストは「赤」と相場は決まっていましたが、

 

こうして見ると、青いポストもなかなか、魅力的ですね。

 

 

 

「ポストまで あおく染まりぬ海の風」

           Byミルフィーユ

 

 

 

 

 

 

 

 

海の駅の鰯の水槽

 

 

大きな鰯の丸干しを買って来て

 

夕飯に、スダチを掛けて食べました。

 

臭みが無く新鮮で、とても美味しかったです。

 

もっと買って来れば良かった、と後悔しています。

 

 

なめろうは、鯵も、鯖も秋刀魚も美味しいですね。

 

 

 

 

 

 

 

二艘の船で、水深150mまで網を下ろしてのイワシ漁を

 

揚繰網(あぐりあみ)漁法というそうです。

 

 

ここ、九十九里浜でイワシ漁が盛んになったのは

 

江戸時代、木綿の栽培が、畿内や瀬戸内地方で盛んになり

 

綿花の肥料として、干鰯(ほしか)の大量供給をするために

 

この地でのイワシ漁の歴史が始まった、、、そうな。

 

 

それまで、麻や絹しかなかった時代に比べ

 

冬の厳しい寒さが、木綿の普及で救われたと、聞いたことがあります。

 

今でこそ、麻の風合いが好まれ、リネンなどと、もてはやされ

 

お値段もお高いですが、その頃は木綿が高値だったそうですよ。

 

 

網元が、漁師に家紋を入れて配ったという

 

「万祝い袢纏」

 

少し前の時代まで、

 

この地の、子供の祝いなどにも欠かせなかったということですが

 

私自身は、見たことはありません。

 

 

 

 

 

鯵の刺身定食¥1500−

 

ハマグリのお味噌汁に、鯵のから揚げもついて

 

朝獲れの新鮮な鯵が、とっても美味しくて満足なランチでした。

 

 

 

鰯、いわし、イワシと散々騒いでおいて

 

鯵の刺し定なんぞの写真、どうも済みません。

 

 

 

 

丸干し、ごま漬け、目刺し

 

新米と食べたら、美味しくて、

 

ダ〇〇何とかが、またSTOPしそうです。

 

 

美味しい魚を食べに、フラッと、海辺へドライブに

 

また、出没します。

 

 

 

では、また〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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