ついに見ました。富岡製糸場

  • 2016.11.17 Thursday
  • 10:35

 

 

群馬県富岡市富岡1-1

 

平成26年に、世界文化遺産に登録された「富岡製糸場」へ行こうと

 

先日、軽井沢での紅葉狩りの帰り、

 

ナビに住所を入れたら、1番地1、という住所でした。

 

 

日本で最初の官営模範工場として、明治5年に誕生した富岡製糸場は、

 

明治26年、民間にその経営が移り

 

昭和14年から、3代目の経営者、片倉氏が昭和62年まで経営し

 

その後も、建造物の大半が建築当時のまま、

 

大切に保存されてきたそうです。

 

 

 

百数十年の時を経て、重厚な木骨煉瓦造りの建物の存在感に圧倒されます。

 

 

敷地は16,255坪と広大で、数字で示された順に巡ると

 

結構な時間がかかります。

 

シルクのスカーフなどは高価で、手に取るだけでしたが

 

女性にとって一枚は欲しい、素敵な絹の感触でした。

 

<ブリュナ館>

 

指導者として雇われたフランス人、ポール・ブリュナが家族と暮らした住居は

 

後に工女たちの寄宿舎や、読み書き、裁縫などを教える夜学として利用されたそうです。

 

戦後は夜間高校として、昼間は働き、夜はここで勉強する施設として

 

つい最近まで、生かされた居たのですね。

 

企業内教育の先駆けとして、片倉氏の理念に今更ながら感嘆しました。

 

 

 

 

さらに、敷地内には診療所があり、畳敷きの入院施設まで擁しているのを見て

 

私はこの工場見学に際して、小学生の遠足的お勉強気分は、

 

この年齢にして、私の中で初めて正しく機能したように感じ、

 

ここへ思い付きで、ふっと寄ってみて良かった!

 

得るのもは有り、と感じ入りました。

 

 

 

昭和62年まで、操業されていたという事ですが、

 

日本中に激震が走ったバブル崩壊は、平成二年でしたか。。。

 

バブル崩壊の直前は、もはや日本の繊維業が栄えある盛業だった時期からは

 

かなり、先細りになっていた頃だろうと想像すると、

 

良くぞここまで、この建物を丁寧に保存し続けてくれました、と

 

感謝の気持ちが湧き起こりました。

 

 

 

現在は富岡市が管理しているそうで、奥の建物は工事中でした。

 

 

 

決して美しいとか、芸術的だとか、そんな事ではなく

 

創業が、日本の長い鎖国から目を開いた、

 

その数年後の事だったと考えると、感無量なのです。

 

 

フランス人が愛飲するワインの色から、

 

「富岡製糸場へ入場すると、外国人に生き血を取られる。」というデマが流れ

 

当初は工女募集を掛けても、なかなか人が集まらず、苦戦したそうです。

 

 

 

初代の製糸場長であった、尾高惇忠氏は自らの娘「勇」14歳を

 

工女第一号として入場させ、範を示したそうです。

(パンフレットより転載)

 

当時としては先進的なシステムを取り入れ

 

労働時間は8時間ほど。

 

工女たちの給料も、能率給を取り入れ、技術が高ければ

 

それに見合った給料を貰える。

 

野麦峠の女工哀史などの先入観はどこへやら、

 

ここは官の肝いりで、恵まれた環境だったようです。

 

 

 

創業当初は、明治初期とあって、元士族の娘たちが多く集められ

 

パンフを見ると、日本髪を結い上げ、きりりと美しい女性が多いですね。

 

呉服屋さんが製糸場に出入りし、士族の恵まれた娘たちの服装に合わせ

 

競い合って、華やかな存在であったようです。

 

 

 

彼女たちは後年、生まれ故郷へ帰り、それぞれ製糸の技術者として

 

各地の指導者となり、日本の繊維業を支え、

 

発展させる先駆的存在となったそうです。

 

 

 

 

初代製糸場長だった尾高氏然り、片倉氏然り、

 

なんと立派なお顔をしている事か。

 

男前だとか、顔立ちがハンサムだとか、どうとか

 

そんなことでは無く

 

ただ「立派」の一言でしか言い表せない、そんな風格がありました。

 

 

葛湯を買い求め、工女ちゃんになってみました。

 

 

娘とYU-TOです。

 

私も顔を入れてみましたが、お目汚しですので、

 

若い者たちに登場してもらいます。

 

 

 

充実した見学ができました。

 

きらりと光っているでしょう。

 

 

では、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
mはここへは、遺産登録になる前・2年前の5月下旬に上信越道をひたすら走り行ってます。
なんせ混むのが嫌で、でも当時も混んでましたね。
前もって当地で美味しいラーメン屋を調べて行き探せどない。
聞くと、そのお店はもうありません。とつれない返事。
帰りは軽井沢へお立ち寄り。
走るのが、楽しみ〜なmです^^
  • maru
  • 2016/11/17 11:48 AM
私行った事ありませんが
三島と沼津の間に片倉製糸という
工場がありました其処に書かれている片倉さんの
関係があるのかしら 広くやっていました
  • 喜美
  • 2016/11/17 12:59 PM
読んで居て一つ気になった事、女工でなく工女、何か思う事が有っての事ですか?

昔の女工哀歌なんて良く聞きました、そんな女性が日本の発展を支えて来てくれたのですね。

  • はる爺
  • 2016/11/17 1:24 PM
いい体験をされましたね。
私は両親が富岡なんで何度も富岡に行ってますが製紙工場はまだ
一度もいったことがありません
あのおかいこさんが苦手というだけの理由です
  • ゴリさん
  • 2016/11/17 7:24 PM
ミルさん
富岡製糸場見せて頂きました。

>私はこの工場見学に際して、小学生の遠足的お勉強気分は、
この年齢にして、私の中で初めて正しく機能したように感じ、

この感触は私も今同じ思いでいます。
こういう事だったのか、みたいな。
本当に重厚な建物に教育もしっかり兼ねていて
育てるという事に本気が入っていましたね。
こういう健気な姿勢が日本経済を支え成長させたのでしょう。
頭が下がります。
それにしてもミルさんの工女姿も見たかったですよww
  • チカ
  • 2016/11/17 8:25 PM
☆Mr.mさん、こんばんは〜

登録前に、もう見学されていたんですか。
その前から、文化財に指定されては、いたようですね。
ラーメン屋さん、無くなっていて残念でした。
食べたいとなると余計食べたくなるものですね。
軽井沢へ立ち寄って、帰り、、、、、走ったでしょう。
あの辺は、距離があっても楽しいドライブでしょうから、ハンドル握るのも苦にならないでしょう。
羨ましい環境です。


  • ミルフィーユ
  • 2016/11/17 9:16 PM
☆喜美さん、こんばんは〜

沼津の方にもありましたか。
おそらく同じ会社だと思います。
片倉製糸工業の工場は、各地にあったようですよ。
古くて、喜美さんが見られたら、きっと感激なさると思いますよ〜


  • ミルフィーユ
  • 2016/11/17 9:18 PM
☆はるさん、こんばんは〜

確かに、私も「女工」さん、と思い込んでいましたので、
あれ?と最初感じましたが、この製糸場では当初より
「工女」の呼び方だったようです。
「女工館」という建物だけ、そう呼ばれていますが。

彼女達が、日本の製糸業を支えて来たのですね。

  • ミルフィーユ
  • 2016/11/17 9:22 PM
☆ゴリさん、こんばんは〜

あら!
ご両親様が、富岡市ご出身ですか〜?
灯台下暗し、ですね。
カイコは私も苦手です、、、、というか、まだ実物は
見たことが無いかもしれません。
あの形のチョコレートが売っていました〜〜(笑)
食べられませ〜〜ん

今度是非、足を向けて見て下さい。
立派な建造物とその理念に、感動するでしょう。
  • ミルフィーユ
  • 2016/11/17 9:27 PM
☆チカさん、こんばんは〜

ここも、案内の方を募集していました。
小学生の社会科見学って、小学生の時は、ここを見せても
分からないだろうな〜というのが口には出せず(笑)ありましたよね〜

>この感触は私も今同じ思いでいます。
こういう事だったのか、みたいな。

そうなんです、それそれ!
先日は、その辺を実感しました。
教育を考えて、人として丁重に扱われていたのだなと、
(あの時代で)企業の理念に打たれました。

>それにしてもミルさんの工女姿も見たかったですよww

今度、目薬用意してみて下さい(>m<)
あそこから顔を出したら、みんな可愛くなりますって(ホント?)

  • ミルフィーユ
  • 2016/11/17 9:34 PM
こんばんは〜
富岡製糸場は敷地が広大なんですね、それじゃ全部を見たら時間がかかりますね、
建物も立派、昭和62年まで操業してたとはビックリ、もっと昔に終わってたと思ってました。

「富岡製糸場へ入場すると、外国人に生き血を取られる。」というデマ、ワインが原因とは面白いね^^
勤務時間といい、能率給なんて先進的なシステムと書かれていますが、まさに、今でも通用しますから考えた人はすごいですね。

ミルフィーユさんが工女姿でお顔を出したら男性ファン急増するのでは^^
色々と学ばせてもらいありがとうございました。
  • 2016/11/18 12:48 AM
☆弦さん、おはようございます。

敷地が広いのと、一棟の建物の大きさに、あの当時の建築技術に
まず驚き、そして弦さんが仰るようについ、この間(昭和62年)まで
現役で操業していたという事に、驚き行って良かった「富岡製糸場」
なんて、CMしてしまいます。

女工哀史のイメージが強かったので、現在と同じような勤務体系が
既に確立されていた事や、企業内教育施設など、いや、本当に
勉強になりました。

私が工女ちゃんの顔出しですか?
男性ファンが、激減すると(そもそも、居たのか??)いけないので
見えぬが華という事で〜ヾ(@⌒ー⌒@)ノ


  • ミルフィーユ
  • 2016/11/18 8:33 AM
こんばんわ。
富岡製糸場にいかれましたか〜
とても良い体験してきましたね・・・
アメブロの方も富岡製糸場に行かれるかたいまして話にはきいてました。
軽井沢すら出かけてません、羨ましいです。
  • さつき
  • 2016/11/18 10:12 PM
☆さつきさん、こんにちは〜

良かったですよ〜富岡製糸場、お勉強になりました(#^.^#)
勉強は嫌いですが、久し振りに学んだという気がします。
軽井沢の雲場池へ行った日は、一番寒くなった日だったので
ブルブルしましたが、紅葉が綺麗でした〜
寒いときは体に良くないでしょうから、新緑の季節など
娘さんと如何でしょう?

  • ミルフィーユ
  • 2016/11/19 10:51 AM
ミルさんご無沙汰してました。ブログはちゃんとみてますけどちょこっと忙しいうっちゃんでした。富岡製糸場は高校生の時担任が、女工哀史を涙ながらに読み聞かせた思い出があって暗いイメージでしかありませんでしたが、そうではないようですね。よかった よかった。  
  • うっちゃん
  • 2016/11/19 11:30 PM
☆うっちゃん、お久し振りです(*^^)v

私もちょこっと忙しかったから、同じです。
女工哀史ののお話が、先入観として有りましたから、
ここを見て、官の経営という事もあり、あの当時、画期的なシステムで
女性たちを保護し、かつ教育も行ったという事で、知らない事って
まだまだあるんだな〜と再認識しましたよ。
実は、バスツアーで行こうって予定だったんだけど、没になって、
行きたくて、思い付きで行って来ました。
良かったよ〜
今度は一緒にね〜


  • ミルフィーユ
  • 2016/11/20 9:39 PM
詳しい

最初の建物からの専門用語での導入^^

引き込まれました。

もう行った気分になりました^^。
  • 山すみれ
  • 2016/11/21 8:46 PM
☆山すみれさん、こんばんは〜

ようこそ!こちらまで有難うございます。
行った気分になって戴けましたか?
山すみれさんが、リメイクしている着物も、
ここで織られたものかもしれず、、、なんて想像してしまいますね。
  • ミルフィーユ
  • 2016/11/21 10:23 PM
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

訪問の証にポチして下さると嬉しいです。

写真ブログに参加しました

にほんブログ村 写真ブログ コンデジ写真へ

☆過去記事一覧☆

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM