「ミモザの樹の下で」

  • 2016.03.16 Wednesday
  • 14:18

<ショート ストーリー>


今年もあの大きなミモザの花が咲いたと噂に聞いた。

晴れるのを待って、そのミモザの大木の許へと急いだ。





北風が体を洗うように吹き過ぎて行き

気付くと、すっかり手がかじかんでいた。




写真に収めようとスマホを向けるが

激しい風にミモザの花と枝は、ひとときも止まってはくれない。





まるで大きな哀し気な動物の様に、そこに居るミモザ。

そう、、、、「いる」と表現するのが相応しい立ち姿なのだ。






夥しいミモザの小さな黄色い花も枝も、

春浅い冷たい風に吹かれて、まるで哭いて
いるようだ。








こんなに大きくなって、、、、

恵理子はこのミモザに、遠い日に出会っている。

まだ二メトールにも満たない、幼いミモザだった。




煌きを風に乗せ、温もりに包まれた春の一日、

もうすぐ離れることになる恋人の浩平と二人で、この公園を歩いた記憶。

どうしても行きたい大学を目指し、浩平は二浪してしまった。

アルバイトをしながら浪人生活を送っていた浩平は

合格発表の二日前には「今度こそ受かったよ!」と


弾けるように電話で報告してくれた。



一歳上の浩平とは、まだ子供だった年齢に出会っている。

二人は子犬がじゃれあうように、いつも一緒に過ごした。



勉強も一緒にした。

海へも行った。

映画もたくさん観た。

喫茶店で何時間も話し込んだことも良くあった。



星空を見上げながら、恵理子の家の縁側でポツリポツリと

学校はどうするの。

仕事は何の職業に就くの、、、、

将来のことなどを語り合う時、

夏の夜空に散りばめられた星の数々に

確かに二人は祝福されていたのだろう。





二人の周りには何時も誰かが居て、賑やかに過ごしていた筈だが


不思議と「二人だけ」が、思い出の中には浮かび上がる。



浩平の姉と、恵理子の従兄が結婚し

恵理子の家の離れで新婚生活をスタートさせた縁で、

二人が出会ったときの恵理子は、

まだ幼さの抜けきらない、ふくよかな顔をした15歳の少女だった。




長い夏の休みや冬の休みには

浩平は恵理子に会いに離れに泊まっていた。

子犬がじゃれあうように育った二人だった。



時折、幼い喧嘩をしては、お互いにほかの人と付き合ったことも幾度もある。


しかし、傍らにお互いが居ないことに、世界に穴が開いたような寂寥感を覚えては

二人は、またいつしか黙って寄り添っていた。




そうして何年か過ぎた頃には、喧嘩をしては

別れた時の底無しの寂しさに気付き、

ついに二人は人生を共にする決意をするに至ったのは

至極自然な成り行きだった。


実が熟すように、二人は二人でいることが

空気の様なものになっていった。








あなたの魂が欲しいのです。

傍らに、お互いの魂を置いて

今生(こんじょう)の長い一生(ひとよ)を過ごしたいのだと。







体が弱く、寝たり起きたりしながら生きていた恵理子は

気ばかり急いて、何かしなければという思いとは裏腹に

いやと言うほどの詮無い思いを、あの若さで、

身にも心にも深く染み込ませてしまっていたのだ。




母は恵理子に、進学も働くことも、もうしなくとも良い、と告げた。

もう、無理をしなくて良いから、

お茶やお花のお稽古事などしながら、結婚もせず一生独身のまま

この家に居なさいと、言ってくれて、

お稽古事という全く気が乗らない選択に戸惑いながら、

それはそれで、居場所というものを用意してくれた母には

心の奥底で、どれだけ感謝していたことか。





幾分健康を取り戻しつつあった恵理子に

浩平は「君は強くなったんだよね。」と心から喜んだ。





武者小路実篤の小説を引用しては、手紙に書いてくれた言葉がある。

「僕の大切な恵理子においては、体だけは気を付けて下さい。

あの小説を読むと、文末にこんなことを書きたくなるものです。」と。

それは、紆余曲折を経てようやく婚約が調った女性が

風邪をこじらせ突然死んでしまう物語だった。

「君は僕と暮らすその日が来るまでに

ゆっくりと丈夫になっていければ良い。」


浩平の想いの篤さを厭と言うほど身に受けながら

恵理子はこの上もない幸福に体中が充たされていた。



浩平は「あと5年、7年かもしれないが、待っていて欲しいんだ。」

と恵理子に告げた。

「一人前になったら、お前の親父さんに恵理子を下さい。と

お願いに来るよ。」と。

姉には「恵理子にダイヤの指輪や毛皮のコートを買ってやれるかなあ、、」

と、心配そうに言って、姉と二人で転げて笑う恵理子を見て

嬉しそうだった浩平。



光に包まれていた浩平。

傍らに寄り添う恵理子もまた、光に包まれていた。










そんなある日、浩平の姉が産後の肥立ちが悪く心を病んでしまった。

生後間もない赤子を実家に預け、

浩平の姉は、長い入院生活を余儀なくされ

予後が悪く、先の見通しが立たない日が続いた。





素封家であった従兄の実家での親族会議の結果、

係累の結婚に差し支えるという理由で

浩平の姉は離婚を突き付けられ、周りはどうすることもできず

母と恵理子は、あまりの哀しさに涙を止めることができなかった。



聡明で、明るく優しい浩平の姉を、恵理子はこの上もなく慕っていた。

父から浩平との結婚は絶対反対である旨、宣告され

ただ右往左往するだけの恵理子だった。




乗り越えられなかった若さゆえの未熟さを

恨んだところで一生はもう終わりに近いのだ。






その頃、時折深夜に掛かってくる浩平からの電話は

深海の奥深くから届く、呻き声のような苦しさに満ちていた。

恵理子もまた、苦しみに占領された心を抱え、

寝て起きて、何かを一つ二つするだけの一日が

こんなにも力の必要なことだったのかと思い知った。








ほんの少し運命の道が違うものだったら


こんな風に二人で老いることが出来たのだろうか。

大きなミモザの樹を背景に、写真を取り合っている老夫婦に気付かれないように

恵理子は背後からそっと一枚だけ写させて貰った。






豊かに揺れるミモザの真下に入って空を見上げていると




少し離れたところから視線を感じた。

斜め前方に、恵理子を凝視している初老の男性が立っていた。

ふと、そちらに目をやると、

慌てて目をそらしたその男性に見覚えがあるような気がした。





すれ違うように歩いて行き、暫くして振り向くと

その男性も同時に振り向いた。




一瞬目が合い、フラッシュバックしたように記憶の彼方から

若き日の浩平の姿が見えた。



別れる時に「お前と結婚できなければ俺は一生独身だ。」

そう言った浩平。



お姉さんとその子を支えて、育て上げたであろう浩平の一生を思う。



浩平の豊かな感性が好きだった。


未完成な年齢だっただけに、お互いがお互いに与えた影響は

計り知れないものがあっただろう。



今日の、少しばかりの恵理子の恵理子たる片鱗は、

きっと公平に培われたものが少なからずあるはずだ。






あの初老の男性は、もう丘の上まで登って行った。

貴方は今、幸せですか。

恵理子は心の中で呟く。




恵理子は自分にも問う。

貴女は今、幸せですか?と。





古い中国の詩人、陸游は人生の9割は苦しみばかりだと嘆く。





いえ、きっと小さな幸せは

この数え切れないほどのミモザの花の様に日々の暮らしの中に有った筈だ。



風に激しく揺れるミモザ。

また来年も、咲いたら会いに来ますね。

恵理子はそう告げて、夕暮れの公園を後にした。






































 

ある詐欺師の話<その3>

  • 2013.06.25 Tuesday
  • 11:47
 
<ショート・ショート>

被害者の会を作って、皆で協力し合ってNを告発しようと、

間抜けな数人が近場のレストランに集まった。

そこでまず、簡単な自己紹介と各自の被害金額を確認しあった。

集った数人だけで、凡そ一億円位の被害金額であった。

他にも、もっといるであろう被害者の金額まで入れると総額で

一億数千万円〜二億円位は簡単に超えていたのだろう。



Nの会社は法人を名乗ってはいたが、実態は個人商店であった。

ただ、ネーミングには凝ったのだろう。

実に壮大なスケールの会社名であった。




・・・もう、Nが再び立ち上がれる日は来ないだろう。

・・・破産管財人が入って整理した所で、彼の財産は
   あの辺鄙な場所に建っている自宅兼事務所だけだ。

・・・それもまだローンがあるのではないか?

・・・まず、謄本を取って抵当権を調べよう・・・・

・・・東京在住のS氏には、東京に構えたというオフィスの実態を      
   確認して来てもらおう。



それぞれが断片的な情報を提供し合い

各自が出来ることを調査し、次回報告し合おうと確認した。



初めての会合のこと、数人集まると話もあちこちへ飛び、

相談会兼会食も、後半はアルコールも程よい加減にまわり

集まりも佳境を過ぎた頃、被害者の一人、気功師と称する

三白眼の男が、店内でやおら立ち上がり、他の客の刺すような

視線をものともせず、幾つかの気功の技を丁寧に披露し、

すっかりご満悦になってしまった。



滅多に笑わないその男が、イカ墨スパゲティを食べながら

真っ黒な歯を見せて一度だけ笑った時は、

場の空気が凍りついたものだった。




全員で協力し合って出資金の回収をしようなどという計画は、

セスナで火星まで行こうとする様なものだと、「被害者の会」は

立ち上げの段階で、挫折したも同然だった。




そこに居合わせた被害者の大半は

概ね、Nとは仕事で知り合った者たちだった。

Nは暮らし方をクリエイトする、謂わば、宅建業法にも

建築業法にも触れない危うい立ち位置をキープしていた。



思考が柔軟と言えば聞こえは良いが、考えがあちこちへ飛ぶ

Nらしく、被害者の顔ぶれは多種多様なジャンルに渡っていた。



寄せ集めの面子では音頭取りを上手くする者も無く、

被害者の会はたった二度の集まりで、必然的に消滅していった。




諦めきれない社長は、数回はNの所へ出向き出資金の返済を

迫ったが、一度は黒塗りの外車に乗りつけてやって来ていた、

明らかにその筋の男たちと遭遇したりもした。



無い袖は振れない状況下で、それでも出資金の五分の一ほどを

回収した。





夜逃げが判明したのは、それから間もなくのことだった。





それから数年して、ここで出会ったこの気功師と

お嬢様育ちの画家と称する女性の間に

なんと!

赤ん坊が産まれた!!という話を風の噂に聞いた。

二人共、四十代半ばの年齢だった。




セスナは迷走し続けた挙句、行方不明になってしまった。






授業料にしては痛い出費だったが、

被害者達の上を、それから幾つもの春夏秋冬が通り過ぎて行き

幾つもの雨や風に洗われ、やがて時代も大きく変わって行った。



いつしか皆それぞれが諦め、

このバカげた詐欺事件を忘れかけた頃に

Nに雇われていたカーペンターのスチルが現れた。



人の紹介により仕事で社長の所へやって来た彼は、昔一度

Nの所で会ったこともあり、ちょくちょく事務所に顔を出すように

なっていた。



あの事件から十数年は経っていた。



そんなある日、

この街に新しくできた、超激安の24時間営業のスーパーで

Nを見掛けたスチルの興奮は、鎮まりかけていた社長の

被害感情からは少し遠い所にあり、ただ、その情景描写を

聞くのみだった。




彼の話によると、お一人様一個限りの玉子一パック10円で

売られるタイムセールの列に、N夫婦は二人とも帽子を目深に

被り、少々くたびれた格好で並んでいたというのだ。




Nは絶えず周囲を警戒している様子だったという。

セールの混雑に阻まれNに近づく事が出来ずにいたスチルは

Nの居所を突き止めるべく、必死でその車を追いかけたが

途中で追われていることに気付いた様子のNは、猛スピードで

走り去り、10分程走った所でその車を見失ったという。



どうやらNは、程遠くない町にひっそりと暮らしていたようだ。




遠くまで逃げなかった理由は知る由もないが

おそらく、子煩悩な彼は小・中学生と高校生の子供のために

以前の自宅からは学区のエリア外ではあるが

そう遠くは無い町に世間から隠れる様に潜んでいたのだろう。




「逃げられちゃったけど、又見かけたら

今度は、とっ捕まえてやる。」と、スチルは意気込んでいた。



見つけたら、一緒にNの所へ行こう、とスチルは言ったが

時効と言うものもあるだろう、と

社長の戦闘モードはすっかり影を潜めていた。




「何か仕事あったらボクに下さい。肉体労働なら何でもします。」

と言うスチルに、彼に出来そうな幾つかの仕事を紹介した。



子供が高校を卒業して専門学校へ行き始めた・・・・

奥さんもパートで働いている・・・・・


幾つかの会社から下請けで仕事をたまにもらっている・・・・・

昔建てたログハウスの補修なども

住人から直接頼まれている・・・・・などと

スチルはポツポツと語った。




5歳でアメリカへ渡った彼は英語の方が得意だが

自分では英語も日本語も中途半端で

実はどちらの国にも居づらいのだという。


彼の子供達は成長過程の殆どをこの日本で過ごしたので

日本語しか話せない。



時折、日本語がたどたどしくなることもあるスチルだが

体の大きな、優しい性格の彼は、妻と子を抱え

経済が沈んで久しいこの国で、必死で生きて来た。



今はもう、40代も後半になるのだろうか。




もっと歳をとった時に、この国へ来て良かったか?と聞くのは、

酷だし、何より・・・・・・野暮だろう。



詐欺師Nが一番に罪を償わなくてはならないのは

誰より先に、スチルにである。









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・終わり





ある詐欺師の話<その2>

  • 2013.06.24 Monday
  • 11:24
 
<ショート・ショート>

人間、欲が絡むと判断力が鈍るのは、いつの時代も変わらない。

騙された者たちは、出資金が何倍にもなって戻ってくることを

想像し、獲らぬ狸の皮算用をした結果、

詐欺に遭ったのだと気付くのに、そう時間は掛らなかった。


被害者達は、どこか世間ずれした、茫洋とした人物が多かった。

そして、人畜無害の風貌に加えて、話好きで人懐こいNを

斜に構えて眺める人の方が少なかっただろう。

何しろ、愛妻家、子煩悩、夢を語る男だったのだから。





しかし、ある日こんな出来事があった。

時折「いい物件ない?」と不動産を探していた友人が

プライベートな用事で訪れ、昼下がりのひととき、

ゆったり寛いでいた時に、Nがふらっと来たことがあった。

Nもまた、借地や安い物件を良く探していた。



まだ話足りないでいた私と友人は、

社長とNにお茶を入れ、奥のプライベートの小部屋に移動して

四方山話に興じていた。



Nの話は壁一つ隔てて、途切れ途切れに耳に入ってきた。



・・・・・4000億円、中国、青島、一大リゾート地の開発・・・・

・・・・レアアースの取引を始めようと思っている、云々・・・・・

・・・・商業登記も東京でビルの広い一室を借り上げて

   これからはそちらがメインの拠点だ・・・・・

・・・・優秀なスタッフもヘッドハンティングして精鋭を揃えた・・・

   いずれ上場する・・・・・・・


鼻息は何処までも荒い。




挙句の果て、僕は14代目、柿右衛門君と小学生の時

   同じクラスだった・・・・・・

・・・・絵の時間に先生が僕の絵を誉めちぎり、

   N君の絵は柿右衛門君より数段上だね、と言った・・・etc・・・



大体、教師が上だのどうのって評価をするだろうか。




やめられない、止まらない、かっぱえびせんのように

薄っぺらな彼の自慢話は

ジャンルを問わず、レベルも無視し、

レーシングカー並みのハイスピードで、

もはや迷走状態であった。



その日は、奥にいる女性二人を十分意識してか、

普段よりヒートアップした話ぶりではあった。



時折混じる子供の話も然り。

その地域一番の進学高校へは、

余裕で入れる偏差値だったけれど、

敢えて、別の高校へ入った。



あの高校は素晴らしい学校だ。

そこでダントツ一番だ。

先生方も、こんな素晴らしいお子さんは

見た事無いと誉めてくれる。

ご両親の躾が如何に素晴らしいか、と誉めたたえられた・・・・

地域一番の進学校を蹴って、本当に良かった・・・・



・・・・・・聞くともなしに、嫌でも耳に入って来てしまうNの話に

     友人と私は、笑いがこみ上げて来た。

     「アホ?」。。。。。




そして時折ジャブを繰り出すように、

あなたは僕の大好きな友達、と話の折々に混ぜ込む。

こんな良い人と出会えて僕は幸せだ。

盛んに投資話を勧めながら、人間が大好きだという。

特にあなたの様な人と知り合えて、幸運だとさらりと言う。


大抵の人間はこの一言でノックアウトされるらしい。

立派に刷り上がったパンフレットも持参していた。

その時はその雄大なスケールの開発の企画が嘘だとは

誰も夢にも思わなかったであろう。



何しろ対面で話せば、どこからどう見ても悪人面はしていない。

むしろ善人の部類に入るであろう面立ちだ。



かくして被害者達は、こんなにも稚拙な心理作戦により

出資金を募る詐欺話にまんまと引っ掛かってしまったのだ。



あの開発予定は本当に企画していたんです、

と後々言えば何とでもなる。



世の常として、傍から聞いたら、被害者も相当アホではある。



それから暫くして、友人から「あのNさんって、変な人ね。」

と感想をもらった時は、

Nを数少ない大切な友人だと思い込んでいた社長は

少しばかりの資金を出資してしまった後だった。



・・・・・・・・・・・続く



ある詐欺師の話<その1>

  • 2013.06.23 Sunday
  • 10:42
 
<ショート・ショート>
*初めての短い小説を書いてみました。
  
ログハウス専門のカーペンター、スチルはある日、

「大変、今、Nを見つけたよ!」と息せき切って

事務所へ飛び込んできた。



彼は在米日系三世として米国に生まれ、

5歳の時に日本に来て、その後親の都合でアメリカへ渡り、

あちらでハイスクールを卒業した。


ログハウスを建てるカーペンターとしてNに請われて

27歳で再来日した。

彼を日本へ連れてきたNは、借地の山にログを建て

派手派手しいコマーシャルを掛けて

田舎暮らしブームに乗って一時は羽振りが良かったようである。

まだ日本が夢のようなバブルに湧いていた頃である。

スチルもNの小さな会社で、数棟のログを建てていた頃は

まだ良かった。

給料の不払いも無く、彼は妻と幼い二人の子と

日本に馴染み始めていた。




しかし、それこそ泡と弾けたこの島国の経済を

誰が一体笑えるだろうか。

国中が土地ブームに湧き、不動産投資に明け暮れ、

虚業とも言うべき、実態の伴わない投資が

そこかしこに蔓延っていた。

経済評論家の誰が一体、弾ける泡のことについて

声を大にして啓発した人がいただろうか。

終わってから、そう思っていた、という御仁は山のようにいた。




一山借りてユートピアを作る予定がすっかり狂い

Nはいつしか詐欺に手を染めて行った。

架空の投資話に出資金を募り、

自転車操業でその場しのぎの日々を送った結末が

何もかも放り投げての夜逃げであった。




数か月いや、一年近くに渡って雀の涙ほどの給料を

忘れた頃にポツポツと渡されて、抗議するも

N以外に頼りにする日本人のいない他国で

生活苦にあえいだスチルのことを思うと、

八つ裂きにしても間に合わないと思うのは

決して激し過ぎやしないだろう。




友人知人に、ありもしない架空の事業計画を

然もありなんとばかりに

騙すことを前提に語り続けたNによる被害者は

結構な数に上った。

傍から聞くと如何にも怪しいそんな儲け話を

なぜ、そんなに皆、簡単に信じてしまったのか?

今流行りの振り込め詐欺、なり済まし詐欺と同じで

Nは実に巧妙だったのだ。

多分、詐欺師に騙される人間の心理を

熱心に研究したのではないかと思うほど

自然にさり気なくやってのけた。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・続く

















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